版画のできる工程5度刷り
最初に薄い黄色が刷られ、これは陽刻の技法です。他の作品でも、海や空そして霞んで見える遠山などはこれを使っています。又、草や花の部分などの薄く柔らかな発色を望んでいる時は、この技法で十分に活かします。
陰刻技法の最大の特徴の墨版を刷ることが早々と2版目に入ります。この墨版を刷る時に、独特の混色を使います。海野は墨汁の原液8割とポスターカラーの黒を2割としていました。これは、この後から刷り重ねる色の色止まりを良くするために、粒子の粗いポスターカラーの黒を使うことにより、紙に刷られた墨の中に薄い被膜を作ることを考えられています。
しかし、このポスターカラーを多量に入れると刷り上げた紙に、黒いかさぶた状の斑点が出来上がってしまいます。これがつくと次に刷られる色版の上に黒いシミが付着して、その色と混じり合って除去するのに骨がおれ、さらに色重ねに不都合を生じさせ、厄介なことに陥ります。特に白や黄色の場合には、惨めな結果になってしまいます。
家の屋根の下地の色や軒や柱の濃い茶色の版が墨版の後に必ず刷られます。これ以降、墨の上にかける色の絵具は、全てポスターカラーを使用しています。粒子の細かい水彩絵具では紙に刷られた墨に吸収されて表面に色が留まらないので、発色が悪く、何色を刷ったのか判然としなくなってしまうからです。
次に屋根の黄土色と少女の服が刷り重ねられます。日本の木版画は和紙を使い、馬連(ばれん)という白竹の皮で編んだ紐のような物を、和紙で重ねて作った、当て皮という物と合わせて、竹皮で包んで使用します。大変便利な道具で、何でも刷れます。良い馬連は、日本刀と同じで剛と柔を重ね合わせ持っています。これで、墨版以降は適度に圧力を加えて、紙上に絵具をのせて留めます。強く刷ると絵具が墨に吸収されて上手く色が出ません。
最後の工程では、地面のグレーと少女のはだ色と髪の色が刷られて完成です。海野が生前自作の制作手順の説明のために、この作品を作りましたが、複雑な手順の作品はあっても、基本的には、この作り方は終生変わりませんでした。
最後に「見当」について。版画は多くの版木を使って、様々な色を刷り重ねて作られるので、色のズレが出ては困ります。従って互いの版の位置を正確に示しておかなくてはなりません。それが「見当」と言われる、紙の当て位置を示した表示です。普通は、これが必要となりますが、海野はこの「見当」を作らず版木の角の2ヶ所を使って、ここに紙を合わせて刷る、彼独特の刷りをしていました。これは彼のみができた神技といえることでした。
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